宝瓶宮占星学 ―宝瓶宮時代の新しい西洋占星術―

当たる・当たらない
―ホロスコープとは?―

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占いでいう「当たる」「当たらない」は矛盾していることにお気づきですか?
そこには人間の意志や判断といった責任が考慮されていません。
そんな鑑定をする西洋占星術師を信じるとかえって不幸になってしまいますよ。

ホロスコープとはいったい何を示すのか?


竜頭星雲

●第1稿 : 2006年12月22日アップ
●改訂稿 : 2007年04月15日アップ
●再改訂稿 : 2008年04月23日アップ

逆説的な言い方ですが、「当たる」のは大前提ですよね♪
それは結果に対してではなく、ホロスコープのリーディングに対してということです。
「ホロスコープが何を示すのか?」ということが分かれば、占断をどう受け止めるべきかが見えてきます。

《 占い師の占断は、まず当たらない? 》

宝瓶宮占星学では、結果に対してですが、「当たる」「当たらない」は重要視しません。
「え? それでは占いにならないんではないの?」と思われる方がいらっしゃるでしょう。
「占いは当たってこそナンボ! 当たらない占いなんてインチキだよ」と。
そのとおりナンですが、結論を急がずに、ご一読ください。
個人に対する占断は、結果に対して「当たる」と考えることはおかしいのです。
考えてみてください。
占いを鑑定してもらう皆様は、当ててもらうためにみてもらっていますか?
カンタンに書くと、過去を当ててもらっても、あまり意味はないですよね?
将来的に結婚できるの? 今後の運勢は? など、現在と未来に対して知りたいのだと思います。
その未来を占い師が「あなたの将来は…」などと結論をくだせば、あなたの「意志」や「判断」はどこかに吹っ飛んでいることになりません?
そんな人生であれば生きる意味がありません。個人の未来に対する「占い」は、一般的には90%以上が当たらないと考えたほうがよいのです。
逆に、信じ込んだり、暗示にかかると、良くも悪くも「当たった」と思い込む結果をもたらす場合があります。

One-Point ◆ 個人には本人の意志や判断が強く作用するので、ホロスコープ(出生天球図)どおり100%動くとはいえません。大きく国家や社会であれば、個人の意志が働きにくい分、案外とホロスコープにそって流れていきます。


やっぱり「当てる」ことは矛盾?

●当然の話ですが、個人の運勢には、占い以外の要素が絡んでいます。それを占い師が当てようとすることがおかしいのです。
「イヤ、そうではない。その人の運命はあらかじめ決まっているのだ」という宿命論者や、「イヤイヤ、君はまだ読みが浅い。その人間がどういう判断をするかまで含めて、どうなるか占断をくだしているのじゃよ」と言ったところで、人生は一人ではなく、他人の影響や社会や自然環境まで含めて動き続けています。そこで終わるのではありません。
結果は、諦めた時点で結果です。良くも悪くも「当たった」と考えると、そこで動きが止まいます。それ以上に成長できなくなってしまうのです。

《 人生の責任は占い師ではなく本人にある 》

話を戻しましょう。
占い師にみてもらうのは、現状を改善したい、または将来に良い結果を残したいためだと思います。
どのように今の状況を捉えて、今後、どのように対処すればよいのかを知りたいからではないでしょうか?
人生のバックボーンをもった占い師であれば、「当て」にいくのではなく、たとえば「あなたはこういう運勢を持っているようだから、こういうふうに努力すれば、こういう可能性があるよ」といったような言い方をするでしょう。
本人の適性や性質や運勢などを見抜いたうえで、本人の意志や努力が必要な方向を示したり、時期を逃さないようにアドバイスをするわけです。
結果は、本人の意志や努力や判断に委ねます。
それは、人生における本人の成長責任の重要性をよく知っているからです。 なので、むやみに結果を「当て」にいったりはしません。
腕のいい占い師なら、だいたい「こうしたほうが良い」と分かっています。でも、強制したり、軽々に喋ったりすることはないはずです。
もちろん、聞かれれば答えます。
それを「こうなる!、あるいは「こうしなければならない!」と占断をくだすのは、事の本質が分かっていない占い師ということになります。
最終的な決断は、本人の判断に委ねることが、いちばん人生の目的にかなっているからです。

One-Point ◆ 自分の人生は、自分が責任を持つしかありません。それは「成長する」という責任です。結果を当てにいく占い師ではなく、自分にあった物事の捉え方を教えてくれる占い師は、一生を宝にする方法を教えてくれるようなものです。どちらがより良い人生を送れるかは明白です。

《 ホロスコープの奴隷になっていない? 》

西洋占星術をみた場合、「ホロスコープが何を示すのか?」を知ることによって、間違った占断を見抜くことができます。
大半の占星術師や占星学研究家が勘違いしているのは、「ホロスコープ(出生天球図)は、自分を映し出す鏡」だと理解していることです。
ホロスコープを正しく解読すれば、自分の人生のすべてが分かるかのように信じ込んでいるのです。そんな「鏡」はありません。
その論で考えたとしても、結局は「鏡の中の平面的な自分の姿」にすぎません。自分自身ではないのです。まして、吉凶判断など部分的な間違った解読でしかない不完全な占断は、欠けたり曇ったりしている「鏡」と同じです。そんな「鏡」に、あなたの正しい姿を映し出せると思いますか?
書いている意味はお分かりでしょうか?
ホロスコープは「ホロスコープ」。
あなたは「あなた」です。
あなたが人生の主人公であって、あなたはホロスコープでも、ホロスコープの奴隷でもありません。

One-Point ◆ 冷静に現実を見ておられる方は、信じることなく距離を置いて接しているので問題はないのです。しかし、西洋占星術を信じ込んで、「正しく解釈してもらえば当たるはずだ!」と間違って結果まで考えておられる方が多いので、お話を差し上げました。


未来を当てられない占星術師

●ヘンな言い方ですが、過去を占うと西洋占星術はよく当たります。特にいろんなリーディングの技術の知識を持っている占星術研究家なら、なぜそれが起こったのかホロスコープから解説するのは面白いほど簡単です。
しかし、その占星術師や占星術研究家が、未来まで当てられるかというと難しいのです。ホロスコープには多様な側面があるからなのですが、そのどれかを選択するのは、その辺のレベルでできる芸当ではありません。
過去の出来事であれば、星の象意のどれかを当てはめてコジツケることもできるのですが、未来に関しては、星の象意のどれが現実化するか分からないので当てられないことが多いのです。こんな簡単なことを理解していないパソコン西洋占星術師や占星術研究家は山ほどいます。ヘンでしょ? そんな占い師。

《 あなたはどんな「車」に乗っていますか? 》

もう少し、理解が進むように、たとえ話をしましょう。
あなたは生まれながらに、車のドライバーズシートに座っています。
見よう見まねで運転はするものの、どうも座席が狭く、なにか居心地もよくありません。
ハンドルも遊びが少ないですし、なにか走りづらいのです。
ドライバーズシートからは、車内の内装や計器しか見えませんから、いったいどんな性能やエンジンの車に乗っているのかよく分かりません。
たまりかねて、あるとき整備工場に駆け込みます。
整備士は車のダッシュボードから一枚の図面を引っ張り出して調べ始めました。
覗くと、なにやら見慣れない記号や数字が並んでいます。
それは車の詳しい仕様書だったのです。 整備士は、それを読み解いて教えてくれ、さらにこの先、道路が工事中で路面がデコボコしているので、この車では走りづらいかもしれないことなどを親切に教えてくれました。
あなたは、自分自身の判断でハンドルを切りました。
行き先を変更し、一般道からサーキット場へ向かったのです。
なぜなら、自分の乗る車がレース仕様だということを知ったからです。
どうりで信号やノロノロと渋滞がある一般道は走りづらかったはずです。
サーキット場に着くと、そこであなたは思いっきりアクセルを吹かし、コーナリングを繰り返しながらイキイキとコースを走り回ります。
狭いと思っていた座席も、ハイスピードのコーナリングでは体が固定されてブレずに快適です。 遊びが少ないハンドルも、微妙なコース取りにはかえって適していました。

One-Point ◆ 車には、一般道に適したセダンやファミリーカーばかりではなく、いろんなタイプがあります。山道に適したジープや、工事現場のダンプカーやブルトーザ、こまめに駐停車を繰り返す宅配車や市内バス、また緊急車輌の消防車や救急車、ほかにも戦車やクレーン車など特殊車輌があります。それらを一般道で乗り心地が悪いからと、セダンやファミリーカーを基準にして単純に吉凶を断じても意味がありませんし、そういう占断を受け入れてはいけないのです。


宝瓶宮占星学の理論的解釈

●宝瓶宮占星学では、占星学の根拠を「自存波の共鳴」であると超科学的に仮説を立てています。
人間の心や思いは、その自存波に最も近いため、自存波と共鳴したり、反発したりすることもできます。
人生の目的である成長責任を果たすほど、広く自存波を感じるアンテナが高くなりますので、星の影響に左右されないことも、逆に動きを察知して活用することも可能になります。そうなるほど運勢は拓けていき、幸運を呼び込むことができるのです。

《 人生のハンドルを握るのはあなた 》

お分かりでしょうか?
あなたは運転手であって車ではありません。車をどう走らせるか決定権を持っています。人生のハンドルを握るドライバーなのです。
お気付きのように、ホロスコープ(出生天球図)は車の仕様書にすぎません。
ホロスコープは、あなたが乗る車がどんなものか、また今走っている道路の状況などを教えてくれます。
これらを正しく知ることによって、自分に適した走り方や道や目的地を決めることができます。
逆に、寄り道をすることも自由です。
また、より快適な走行にするために自分で車をチューンナップ(改良)することもできます。
人生のハンドルを握っているのは、ホロスコープではなく自分自身です。
西洋占星術師が、「こう走りなさい」とか、「この方向に行きなさい」という場合、占いの仕組みや人生の目的が分かっていないのではないでしょうか?
ホロスコープはあなたを映し出す「鏡」でもなく、必ずしも「結果」までもが象われているわけではありません。自分が乗る「車」や、走る「道」の状態を象わすにすぎません。
あなたは「ホロスコープ」ではありません。あなたは「ドライバー」です。どんな「車」に乗っているか、どんな状態の「道」を走っているのか、そういうことが分かったほうが、五里霧中を走るよりも運転しやすいでしょ?
そういうことです。占い師に自分が乗る車のハンドルまで任せるようなことをしてはいけないのです。まあ、本当に困ったときに一時的にナビゲータや整備をお願いするのはありとしても、ハンドルを握るのは、あくまでも自分自身なのです。

One-Point ◆ ホロスコープを正しくリーディングするという意味で「当たる」のは当然です。しかし、結果を「当て」にいくものではありません。そのためにも、新しい宝瓶宮時代に即した新しい西洋占星術の解釈や理解が必要なのです。ホロスコープの知識や技術のみに囚われて、ホロスコープ自体が何かを見失っている余裕のない西洋占星術師や占星術研究家は案外、多いものです。

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