宝瓶宮占星学 ―宝瓶宮時代の新しい西洋占星術―

ホロスコープ・リーディング
基礎から学ぶホロスコープ
第3回:ハウス(室)による12区分

HOME > 基礎から学ぶホロスコープ > ハウス(室)による12区分

ホロスコープの中のヘレニズムとヘブライズムの融合

ギリシャの思想哲学を取り入れた古典占星学は、ローマ帝国に広まり、陰に陽にキリスト教の影響を受けながら、古典占星術として西洋占星術の基礎を築いていきます。そういった歴史とともに、この頃のホロスコープにまつわるお話をご紹介しておきます。

ジュリアス・シーザー

●第1稿 : 2010年 4月17日アップ

《 歴史的ホロスコープは「天室図」!? 》

ホロスコープを日本語で書くとき、「天球図」または「天宮図」と表記します。
読みはどちらも「てんきゅうず」ですが、「天宮図」は「てんぐうず」と読まれる場合があります。竜宮城(りゅうぐうじょう)の「ぐう」です。
このサイトでは、ホロスコープはカッコつきながら「天球図」と表記しています。
なぜ「天球図」という表記を使っているのかというと、第一にホロスコープは物理的にいえば、宇宙天体を写し取ったものという認識があるからです。天体観測などでは、この「天球図」という単語を使っています。
第二に、歴史的にホロスコープは、サイン(宮)中心の「天宮図」ではなく、ハウス(室)による「天室図」だと理解しているからです。
どういうことかというと、四角いホロスコープの時代から、歴史的にハウス(室)による12区分が使われているために、本来は「天室図」であって、サイン(宮)によって区分された「天宮図」ではないのです。
多分、「天宮図」と表記する多くの方は、サイン(宮)を「○○座」と誤まって使いながら、本来は「サイン(宮)」なので、ホロスコープの日本語表記は「天宮図」! として使っているのではないでしょうか?
どこまでご本人が自覚しているかはともかく、そういった二重の誤りをおかしたまま、そのまま疑いもせずに信じて踏襲しているようです。

One-Point ◆ 出生時間が分からない場合に使われるソーラーサイン・ハウスシステムは、サイン(宮)中心のホロスコープだと思っているために、「天宮図」だと認識しているのかもしれません。しかし、ソーラーサイン・ハウスシステムは、太陽のあるサイン(宮)を第1ハウス(室)に置くというハウス(室)を中心とした考えなのです。歴史的にもホロスコープは、ハウス(室)による12区分が本流です。


歴史的ホロスコープ


One-Point ◆ すでに2世紀のホロスコープ(左端)をみても、サイン(宮)の度数でハウス(室)の境界線が表示されています。これは、まずハウス(室)ありきということです。またケプラーが1608年に作成したホロスコープ(右端)も同様です。歴史的にホロスコープは、12ハウス(室)による区分によってなされているのです。


《 すべての道はローマに… 》

双魚宮時代が始まった紀元前170年、その100年ほど前にイタリア半島を統一したローマは、紀元前167年、第3次マケドニア戦争によって、古代ギリシャの北部を中心としたマケドニア王国を支配下におきます。
あの大アレクサンドロス帝国を築いたアレクサンドロス大王(在位前336年〜前323年)を輩出したマケドニアも、かつての面影はなく、結局、ローマ軍の前に滅びました。
古代ギリシャも当然、ローマの支配下に置かれます。
ローマは地中海沿岸諸国を次々と征服し、最終的には強大なローマ帝国を建国していきました。
このローマ帝国の建国をもって、「戦い」と「戦争」の白羊宮時代は終わります。
特に、紀元前27年から西暦180年におよぶ約200年間は、後年「パクス・ロマーナ」と呼ばれるローマによる平和が保たれた時代です。
この時期、アレクサンドリア(ローマ領エジプト)で活躍したプトレマイオス(83年頃〜168年)によって、古典占星学を集大成した『テトラビブロス』が著わされます。
話は戻りますが、ギリシャの思想哲学を取り入れた占星学は、こういった大きな歴史の流れとともにローマ世界に伝わっていったのです。

One-Point ◆ パクス・ロマーナの時代、「すべての道はローマに通ず」といわれ、ギリシャの古典占星学にかぎらず、周辺諸国の文化や技術、物資や富はローマへと集まりました。占星学やキリスト教も例外ではなく、古代ギリシャのヘレニズム文化と古代オリエントのヘブライズム文化は、ローマによって融合しつつローマ・キリスト教文明が築かれていきます。


●個性と自由を活かす時代

双魚宮時代にキリスト教をはじめとする世界四大宗教が栄えたのも、時代の波動と共鳴したためです。
また戦争による歴史の後、宗教による倫理道徳律を、時代や人類が必要としたためでもあるようです。
しかし、すでに双魚宮時代は終わりました。個性を活かす新しい宝瓶宮時代が始まっているのです。
近年、とみに聞かれる新興宗教の数々の不祥事は、もはや時代の運勢を失っているからだといえます。
カリスマ的教祖の絶対権力による指導ではなく、個々人の自由と個性を活かす「宗教」であれば、まだ時代の運勢に乗っていけるのかもしれません…。

《 キリスト教の善悪二元論の影響 》

この時期、人類歴史における最も大きな転換がローマで起こります。
313年、コンスタンティヌス1世によって、それまで迫害されてきたキリスト教が公認されます。そのことによってついにキリスト教は、世俗の権力までも握るようになり、後年、ローマ皇帝までもがローマ法王に屈するようになっていきます。
占星学との関係では、キリスト教が公認され世俗の権力を握るようになることによって、古典占星術(西洋占星術)は異端として禁止されていきます。
この時代、異端とされたものは、公に存在することはできず、多くの占星術の本は焼かれ、『テトラビブロス』も例外ではありませんでした。これによって、かつてはローマ皇帝にも影響を与えた占星術は下火となり、周辺のアラブ世界にて数百年のあいだ命脈を保っていきます。
その反面、(擬似)科学であった古代ギリシャの古典占星学は、ローマ文化やキリスト教の影響を受けることによって、「占術」の要素を取り入れた古典占星術へと変わっていきます。
キリスト教は、この地上のすべては神が創り給うたとする創造論を信じ、天動説の立場をとります。神こそが全き「善」であり、サタンを究極の「悪」とする「善悪二元論」です。
昨今流行の言葉でいえば、この教えは当時の人々を「洗脳」し、占星術の解釈にも大きな影響を与えていきました。
たとえば、吉星(ベネフィック)、凶星(マレフィック)というのもその一つです。
ベネフィック(benefic)というのは、「恵みを施す」という意味ですし、ベネフィス(benefice)といえば、「聖職禄を授ける」という意味があるほどです。
ちなみに、マレフィック(malefic)は「有害な」で、マレフィセント(maleficent)といえば、「悪事を働く」という意味です。

One-Point ◆ 西洋占星術の本やサイトの中に、「西洋占星術は天動説の立場をとります」といったことを書いているものを目にすることがあります。これもキリスト教の影響の名残りで、かつてはそう信じざるをえなかったのです。現在、もし本気でそう思っている方がいれば、いまだに「信者」として洗脳されたままなのです。占星学は間違いなく地動説で星の位置計算をします。キリスト教(カトリック)でさえ、すでにローマ教皇は1992年、天動説の過ちを明言し、ガリレオに謝罪しているのです。


●「現実の友愛社会実現」は?

「友愛社会」とこのサイトで述べているからといって、特定の政党を支持しているわけではないことは、2009年の政権交代以前から、このサイトをご覧の皆様であれば、ご存じだと思います。
このサイトを立ち上げた2005年、それ以前から宝瓶宮時代の「自由・平等・博愛(友愛)」は規定の路線です。
「博愛」という言葉は誤解されやすいので、宝瓶宮(水瓶宮)の象意から「友愛」という言葉を使っていますが、「現実の友愛」を理解しなければ、単なる理想主義に陥った「友愛幻想」になってしまいます。

《 共鳴関係論によるホロスコープ解釈へ 》

さて重要なことは、何が「正しい」かということは、時代によって変わることです。
お気づきいただきたいのは、その時代に「(普遍的に)正しい」とされた内容は、時代の波動と共鳴しているために、次第に人々に認知され、運勢に乗って、広まっていくということです。
古代ギリシャのプラトンの二元論も、キリスト教の善悪二元論も、またデカルトの物心二元論も、双魚宮時代の大きな流れである「対立二元論」の波動と共鳴していたために、次第にそれが「正しい」と当時の人々に認識されていきました。
この二元論による解釈は、古典占星術(西洋占星術)にも適用されているのは、ご存じのとおりです。
それは18世紀の海王星の発見に伴う「オカルト占星術」ともいうべき現代の西洋占星術にも、「吉凶解釈」として変わらずに受け継がれています。
しかし、今日ではアインシュタインの相対性理論や量子力学の究明などによって、二元論が必ずしも正しいとはいえず、その誤りが認められるようになりました。
宝瓶宮時代の影響によって、すでに何が「正しい」のかということは、変わってきていることに気づかなければなりません。
すでに1989年の「宝瓶宮時代のビッグバン」によって、「共鳴関係論」に基づく新しい人類文化歴史が始まっているのです。
それは、このサイトのテーマの一つである「双魚宮時代の対立二元論から、宝瓶宮時代の共鳴関係論への価値転換による現実の友愛社会実現」という人類文化歴史が時流に乗って、具体的に進みつつあることを意味します。
思想・信仰・信条は、個々に自由ですので、皆様に強要するつもりはありませんが、「すべては共鳴によって成り立っている」という事実は、次第に明らかになっていきます。
いずれ多くの人々に常識として認識されていくのではないでしょうか。
過去に常識であったことが、現在も正しいとはかぎらないのは歴史の事実です。
時代、時代の経時的な流れや状況・価値観の変化がありますので、「現在」という立場から「過去」の出来事を一概に裁くことはできませんが、改めるにやぶさかであってはならないでしょう。

One-Point ◆ 西洋占星術師や西洋占星学研究家の一部には、「吉凶解釈」の誤りに気づいている人もいるようです。しかし、ではどう解釈したらよいのかというとき、明確な答えを見出せないでいるのではないでしょうか。宝瓶宮占星学は、宇宙と人間世界の共鳴関係に基づく解釈によって、ホロスコープ・リーディングも基本3数によるリーディング・パターンを提示しています。


●同じ先祖で戦い合う親戚民族

アブラハムには、腹違いの息子たちがいました。
ユダヤ教は、アブラハムの息子イサクの子孫ですし、イスラム教は、同じくアブラハムの息子イシュマエルの子孫です。
またカルデアのウルに生まれたアブラハムですが、その子孫ソロモン王の死後、南北に分裂したイスラエル王国とユダ王国は、新バビロニア(カルデア)と戦って、いずれも滅ぼされています。

《 ヘブライズムとヘレニズムの融合 》

最後に余談ですが、占星学とキリスト教のルーツが同じだといったら、「まさか!」と思うでしょうか?
もちろん、誇大解釈をした場合です。
キリスト教は、イエスにより始まります。イエスはアブラハムの末裔で、アブラハムはユダヤ教とイスラム教の父祖(信仰の父)である人物です。
そのアブラハム(アブラム)は、「カルデアのウル」(ペルシャ湾岸)に生まれています。
その後、「ハラン」(トルコ南部)を経て、神が与えた土地「カナン」(パレスチナ)に移り住みます。そのパレスチナに約2,000年後、イエスが生まれるわけです。
実はここに出てきた地名は、すべてカルデア人の国・新バビロニアの領土内で、それぞれ東端・北端・南端にあたる地域です。
占星学とキリスト教の共通点は、これだけではありません。
カルデア人の古代オリエント占星学は、「ギリシャの思想哲学」を取り入れて、古典占星学としてローマに伝わっていきます。
一方、キリスト教は、イエスの十字架後、ローマ市民だったパウロ(サウロ)らによってローマに伝わっていきます。
そこで、自らの教えに「ギリシャの思想哲学」を取り入れて、キリスト教神学を確立していくのです。
プラトンの二元論哲学が、キリスト教にも、また古典占星術の解釈にも、色濃く影響を与えていったのはいうまでもありません。

One-Point ◆ ギリシャの思想哲学、すなわちヘレニズム文化を取り入れた占星学とキリスト教すなわちヘブライズム文化は、ローマにおいてかかわりを持ちます。キリスト教は「神」により真実を求め、古典占星術(占星学)は「星」により真実を求めた点で、同類でありつつも、「信仰」を異にしているために、世俗の権力を握ったキリスト教によって禁止されていったのです。


【↑上に戻る】

※当ページの内容は著作権法により保護されております。無断使用はご容赦お願い申し上げます。

Copyright(C) 2005-2010 Aquariun Astrology - Seiji Mitoma All rights reserved.