宝瓶宮占星学 ―宝瓶宮時代の新しい西洋占星術―

連載 占星学から解く日本の原点
番外編2:幣立神宮の実と虚構
− 神社の皮をまとった「新宗教」スポット −

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今回は、占星学とは直接の関係のないお話です。
ですが「日本の原点」をかたる「負」のお話なので、注意喚起でとりあげました。
スピリチュアルまたパワースポット・ブームにも弊害となるお話です。

人里から離れた山奥に「幣立社」が創建された理由

↑ 「神宮」は、たとえば明治天皇を祀る「明治神宮」のように、本来、天皇を祀る神社のことをいいます。
幣立が本当に15,000年前から由緒ある「神宮」でしょうか?


●第1稿 : 2016年 9月13日アップ




おことわり
※本連載は、一段落した時点で、内容確認とリライトをいたします。
そのため、場合によっては、内容の一部が変わることがありますので、あらかじめご了承ください。

ふだんはスルーですが、ワケあって書くことにしました。
今年1月、番外編「三輪登拝の光と影」をアップいたしました。
何も知らないまま登拝し、感じたままを書いたのですが、あとから調べてみますと、案外と的を射ていました。
今回もそのように訪れた幣立神社(へいたて じんじゃ)こと自称「幣立神宮」の虚実を、プッシュされたままに書いてお届けいたします。

《 負の「パワースポット」 》

名前だけは聞いていて知っていた「幣立神社」。
熊本県の山奥ということもあって、自主的に行こうとは思わなかったのですが、今回、誘われるままに行ってきました。
もっとも、本来の目的は、「九州のへそ」での神事であって、そこから直線距離で約1・5kmの近さに「幣立神社」があります。
なので、ことのついでの「参拝」といえなくもありません。
カッコ 付きで「参拝」とした理由は、いつもお賽銭をあげるだけで、一礼をしたり手を合わせることはあっても、何も考えないことにしているためです。
ちなみに、土星回帰(サターン・リターン)の年齢あたりから、「先の敗戦の顛末(てんまつ)」など、日本の歴史に興味を持ちはじめました。
そういった「原点」に興味はあっても、神社を含めてもいいのですが、スピ系もパワースポットもゼロ磁場もほとんど興味がありません。
事実を解明しようとしているだけなのです。
どうするかは、事実がわかってからのことです。
それはともかく、先の「三輪登拝の光と影」に書いたご神体山「三輪山」の山頂は、思ったよりも“スゴイ”ところでした。
文献的な裏付けにおいても、大和という地理においても、間違いなくホンモノといえる場所でした。
しかし、結論から先に書きますと、幣立神社こと自称「幣立神宮」は、“ニセモノ”といってもいいほど、「虚実」が入り混じった場所でした。
境内などに、「当神宮は…」といった立て看板がありますが、当然「神宮」と号することができる「天皇」を祀っている場所ではなく、許可をもらって「神宮」と認められているわけでもありませんので、かってに自称「神宮」と名乗っているだけです。
調べてみますと、20年ほど前から「幣立神宮」と名を変え「五色神祭」をはじめるなど、本来の幣立神社とは異なる活動をしています。
さらには、「幣立」の名のとおり、「幣」のエネルギーがうずまいています。
神社で「幣」といえば、ふつうはお祓(はら)をするときに使う紙や麻などを切って垂らした幣帛(へいはく)のことを想起されると思います。
ですが、ここでいう「幣」のエネルギーというのは、貨幣や紙幣の「幣」です。
かつての幣立神社の「幣」は、たしかに幣帛にかかわる神事があったのですが、現在の自称「幣立神宮」は、「物欲」のエネルギーと「虚構」のエネルギーがうずまく「幣」になっており、負の「パワースポット」と化していました。


One-Point ◆ もはや「幣立」は本来の幣立神社ではありません。「土地」自体や周囲の「幣立の森」には、まだ荘厳な大自然のエネルギーが残っています。ですが「社」(やしろ)や「立て札」などの説明文には、俗悪といっていいほどのスピ系絡みのエネルギーが充満しています。そういった「虚々実」が入り混じった場所が現在の幣立神宮です。


●「九州のへそ」モニュメント

「九州のへそ」は、熊本県山都町馬見原(やまとちょう まみはら)にあります。
馬見原は、日向往環道と椎葉往還道が交わる宿場町として栄えました。
脇を延岡市に注ぐ五ヶ瀬川(ごがせがわ)が流れます。
ちょうど九州の中間あたりの山奥にあり、西の有明海に注ぐ流れと、東の延岡や太平洋に注ぐ川の流れの分水嶺ということもあって、「九州のへそ」と定められているようです。

《 「新宗教」のエネルギー 》

『聖書』に次の有名な一説があります。

『新約聖書』「マタイによる福音書」第6章24節より抜粋
だれも二人の主人に仕えることはできない。
一方を憎んで他方を愛するか、
一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。
あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。

イエスの教えなので、キリスト信者以外には関係のないお話です。
なので、この教えを説く神父や牧師など「聖職者」自らが、まず守って信者の手本となるべきものです。
ところが、組織のTOPや幹部が一般信者に教えても、自らは守らないと矛盾が生じます。
自称「幣立神宮」は、お釈迦さまやモーゼ、はたまたキリストなど歴史上の人物を従える「竹内文書」を、自分たちの由緒や歴史的根拠いわゆる「宣伝材料」にしています。
矛盾の典型です。
15,000年の歴史と伝統をもつ世界最古の「神社」!
そう書かれていたりしますが、これもウソで、そんな太古に「神社」など存在しません。
第一、そんなに古いエネルギーは、本来の「幣立神社」にも、自称「幣立神宮」にもありませんでした。
大自然(の神)を祀る磐座(いわくら)が神社になったのは、早くても2,000年前後まえからで、確実には仏教が入ってきてから、古神道もお寺のように「神社」を建てて祀るようになりました。
では、幣立に古くからの「磐座」などがあるかというと、それもありません。
当たり前です。
幣立神社でさえ、1,000年前後の歴史しかないためです。
20年ほどの歴史しかない自称「幣立神宮」は、かってに「由緒」や「五色神祭」などのイベントを立ちあげて、人集めを行なう「新宗教」や「スピ系」のエネルギーでしかありませんでした。
要は、客寄せのために箔付けを図り、意図的にダマしているのです。
正確にいえば、神社というカタチは残していますので、羊の皮をまとった「狼」ならぬ、幣立神社の土地や建物を流用して、自称「幣立神宮」の看板を掲げたスピ系の隠れ「新宗教」です。
新宗教という文言が分かりづらいなら「スピ系事業」と言ってもかまいません。
実際には、新旧両方のエネルギーがあって、虚実が入り混じり見分けにくいと存じますが、大自然の「実」のエネルギーを除くと、お宮の装飾も人も立て札など案内文も、「虚」のエネルギーに包まれています。
両方が入り混じった「虚々実」の波動が満ちあふれた場所です。
何も知らない人が、ニセの“由緒”が書かれた案内文などの文言を素直に信じれば、「こんなところに素晴らしい“隠れ宮”が!」と思うかもしれませんが、要は「虚」なる“人々”や“波動”と共鳴しやすい場所です。

One-Point ◆ ちなみに、神社といえども、維持運営費は必要なので、経済を抜きには成り立ちません。しかし、ふつうは地元の氏子さんたちが、お世話をしてくれます。ですが、自称「幣立神宮」は、地元の評判がよいとはいえない想いのエネルギーが、接した地域の人々にはありました。山奥にもかかわらず「観光客」が来るからか、はたまた関心がないためか、表立って反対はしていないようですが、サイトや書籍や評判を信じ、パワースポット・ブームに踊らされた人々が、お金を落としていく怪しげな「観光地」と化していることは事実です。

《 安売りのスーパー? 》

自称「幣立神宮」を訪れると、いくつもの「違和感」や「疑問」を感じます。
個人的な感想ですが、書いておきます。
当日は、神社正面の階段からではなく、横の参道から訪れました。
その参道の中ほどに、ネットでもよく目にする古い、本来は見事なはずの「五百枝杉」(いおえ すぎ)がありました。
境内の本殿脇にある「樹齢15,000年」とウソを記されたご神木の「ヒノキ」とともに、もう一方の「ご神木」です。
その五百枝杉が“泣いて”います。
ご神木なので、周りを柵で囲んでいるのですが、その柵がすべて倒れたままです。
毎年の「五色神祭」が行なわれる時期にもかかわらず、そんな状態なのです。
由緒ある神社は、大自然をご神体としたり、一般の神社でも、ご神木はもちろん、老木を大自然の象徴として大事にします。
なので、どこの神社でも、古くからの老木があったりします。
ですが、訪れたときは、「柵」が倒れたまま、手入れもなされていません。
最初に感じた違和感ですが、なにか「大事なもの」を忘れています。
つぎに、階段脇の手水舎で、お清めをいたしました。
そこに「幣立神宮・由緒」と題された看板があり、「大日本史に見える知保の高千穂嶺が当宮の…」ではじまる一文が記されています。
盛りすぎた文面もそうですが、看板自体にも正統性のエネルギーは、いっさい感じられません。
ますます“?”の想いと、違和感だけが、さらにふくらみます。
ですが、ここはスルーして、本殿に期待します。
本殿は、裸足でなければ祭壇前の畳の間にあがれます。
境内には、一般の神社にはある「おみくじ」も「お守り」もありません。
それはいいとしても、問題は安売りのスーパーよろしく、境内のあちこちに「宣伝文」まがいの説明の立て札が過剰にあって、「神々」や「由緒」を演出していることです。
これには「違和感」が出まくりです。
まるで太古の「神さま」の大安売り状態で、度を越えて自社の「権威」づけが著しいことから、売名行為とウソ臭さだけが残ります。
神宮や神社には、いわずもがなの特有の雰囲気や、語らずともかもしだされる「神気」や「妖気」があったりするのですが、この「宣伝文」には、ふつうの俗世のエネルギーしかありません。
本来の幣立神社のエネルギーは、失われつつあります。

One-Point ◆ 幣立神社は、もともとは健磐龍命(たけ いわ たつ の みこと)を祀る阿蘇神社の摂社「阿蘇神社 摂社 幣立社」でした。健磐龍命が阿蘇に下向したさいに、眺望がよく、幣帛(へいはく)を立てて、天神地祇を祀ったことから建てられたのが、「幣立神社」とされています。それなら、当然、主祭神は健磐龍命であっておかしくはないのですが、いつからか健磐龍命は脇の摂社に移され、主祭神は、『天津祝詞』に出てくる「神漏岐命」(かむろぎの みこと)と「神漏美命」(かむろみの みこと)はまだしも、「大宇宙大和神」なる“ニセ神”を主祭神に列座させるにおよんでは、違和感どころか「まがいもの」が確定したスピ系相手の新サークル宗教です。
※注: 大宇宙大和神は、本来は「意富斗能地神」(おおとのじのかみ:古事記)または「大戸之道尊」(おおとのじのみこと:日本書紀)、一説では「大門能主大神」(おおとのちおおかみ)でなければなりません。
それを、ここまで騙(かた)ると、もはや虚構(フィクション)の域に踏み込んでいます。
そういうことからも、知らずに「幣立は素晴らしい!」とたたえる人々は、阿蘇の大自然のエネルギーを、自称「幣立神宮」のエネルギーだと勘違いして、パワースポット・ブームやスピリチュアル・ブームに踊らされているようです。


●阿蘇神社の主祭神 : 健磐龍命

阿蘇神社の主祭神で、幣立神社の本来の主祭神でもあった「健磐龍命」(たけ いわ たつ の みこと)は、阿蘇のナマズを退治したことで知られています。

《 幣立神社の「真実」 》

最後に、唯一、本来の幣立神社の名残りと思われる「ポイント」をご紹介して終わります。
当日は、正面の階段の横にある参道から訪れました。
その参道に入る手前に、ポツンと小さな鳥居が立っています。
駐車場ともなる小さなスペースと、参道の入口の中間です。
鳥居の脇には、「大宇宙大和楽」と印刻された、まだ新しい石碑や、「高天原」と書かれた木製の「立志柱」なるものがありますが、それらは完全なニセモノなので無視しましょう。
この鳥居は、参道に進むための鳥居ではなく、道と並行してそっぽを向いて立っています。
なので、くぐり抜けることはできません。
なぜなら、くぐり抜けると谷底に落ちてしまいます。
先はなく、崖っぷちに建っているためです。
「どうして、こんなところに?」
と、最初はそう思いましたが、重要な鳥居でした。
それは、この鳥居からの眺望にヒントがあります。
鳥居の向こうには、眼下に幣立神社の裏手にあたる「谷底」があり、そのはるか彼方に「山並み」がみえます。
山並みは「阿蘇山」で中心の内輪山です。
内輪山の先には、見ることはできませんが、幣立社がかつて本社とした「阿蘇神社」が位置しています。
内輪山の火口(中岳)が阿蘇神社の「上宮」で、阿蘇神社自体は「外宮」です。
つまり、「谷底」と「阿蘇山」(中岳・上宮)を一望し、「阿蘇神社」(外宮)を遥拝する鳥居だったのです。
谷底は、現在は草木が生い茂っています。
なので現在は違いますが、古代は湧きいずる清らかな水をたたえた「池」か「沼」、はたまた「湖」だったようです。
この谷底にあった「池」(沼、湖)と「阿蘇山」の陰陽の眺望に、本来の幣立神社(幣立社)のすがたを垣間みることができます。
単なる谷底ではないためです。
幣立神社の本殿の裏手に、この谷底や「池」が位置することもあって、実は何らかの「神」を鎮めるための斎場だったことになります。
文献での確証がとれませんので、断定まではできないのですが、位置関係や状況証拠などから、次のようにいえます。
かつて、阿蘇神社の摂社「幣立社」だった時代に、阿蘇神社の祭祀で用いられた祟り神の霊力を受けた「幣束」などを谷底に納めたり、また「祟り神」自体を人里から離れた清浄な地に納め、鎮めたのが、幣立社の本来の役割です。
本殿裏の谷底や「池」(沼、湖)は、その斎場でした。
谷底にあった沼や湖は1,000年前後も経つと、流れ込む土砂が堆積し、浅い池や田畑になってしまいます。
崖っぷちの鳥居は、単に阿蘇神社を遥拝するだけではなく、幣帛を立て、眼下の谷底の「斎場」をはさんで祀り、阿蘇神社の主祭神「健磐龍命」の力を借りて、祟り神や霊力を封じるための「封印」(結界)の役割をしているのです。
なぜなら、阿蘇神社を遥拝するだけの鳥居なら、幣立の境内でも、ほかの場所でも、適切な場所があるためです。

One-Point ◆ 本来の幣立神社(幣立社)のもう一つ役割がこの鳥居(また幣帛)でした。祟り神を封印し、鎮めることです。しかし、自称「幣立神宮」は、知ってか知らずか宗旨替えを行ない、その役割を放棄しつつあります。もし、まだ谷底に祟り神の霊力やパワーが残っていれば、それを、いつかは解き放ちかねない所業です。そうであれば、一般人が「パワースポット」などといって軽々しく参拝することは、「祟り神」や「霊力」と共鳴した場合、幣立神宮(自称)は逆に「負」のパワースポットになってしまいます。



※機会があれば、阿蘇や幣立社はもちろん、五色人面や石板、また偽書「竹内文書」にかかわる古来の秘密を、古代オリエントとの関係とともに解く「続編」を書くかもしれません。



※以下、2016年9月20日追加。



●「オーブ」と「基本点」について

右のホロスコープは、太陽と月のみオーブ(許容度数)10度、それ以外の星は6度をとっています。
時間は、当日の「ソーラー・ハウスシステム」(ソーラー・チャート)によるホロスコープにしていますので、4つの基本点(アングル)のアスペクトは、慎重を期してとっていません。
もしアスペクトをとれば、いっそう「虚実」が入り混じった現状であることが、リーディングできます。
それはともかく、このケースでは「ASC=太陽」のホロスコープによって、自称「幣立神宮」を名乗る動機や意志また運勢がリーディングできます。

《 参考追記:自称「幣立神宮」のホロスコープ 》

占星学にご関心のある方のために、ホロスコープを追載しておきます。
自称「幣立神宮」を名乗りはじめた1995年のもので、毎年「五色神祭」が開かれる8月23日に設定しました。
時刻は、ASC(上昇点)と太陽が重なる「日の出」の時間です。
詳しいご説明は省略いたしますが、ホロスコープをだしてみましたら、上述のように感じた内容が案外と象われていました。
ポイントは、次の4つのアスペクト・パターンです。
1、月、水星&ケレス、天王星&海王星、土星の「神秘長方形」(ミスティック・レクタングル=60/120/60/120)。
2、土星と海王星の「交歓」(ミューチュアル・リセプション)。
3、月、天王星&海王星、ドラゴン・ヘッド、ドラゴン・テールの「大十字」(グランド・クロス=90度×4)。
4、火星を軸に月と海王星の「T矩」(Tスクエア=90/90/180)。

幣立神社のホロスコープ

One-Point ◆ 解釈の一部を書いておきます。月と水星(&ケレス)と海王星をふくむ「神秘長方形(神秘十字とも)」(60/120/60/120)は、スピ系の感性や知識(理屈)を意味します。それを構成する土星と海王星の交歓(ミューチュアル・リセプション)は、「虚実」入り混じることを象わします。さらには、同じく神秘長方形を構成する月と海王星の衝(オポジション=180度)が、火星を軸としてT矩(90/90/180)を形成していること、またドラゴン・ヘッドとドラゴン・テールを交えて大十字(90度×4)を形成していることは、いろんな「事情」があって、危うさや妄想(虚構、立場の違い)をもつことを象わします。それゆえに批判やトラブルを招きかねないことを意味しています。
ほかにも「毀誉褒貶」の激しい運勢が象われており、評価を得たり、頑張る一方で、早ければ数年内、もしくは世に知られるほどに、逆に真価が問われ、遠からず落ち目のときを迎えかねない両極端の運勢をもつことが象われています。





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